思いやり=重い槍!?

こんにちは。

ちひろです。

 

人への気遣いについて考えるとき

よく思い出す人がいます。

 

その人は以前、私が働いていた職場の先輩で

仮にTさんとします。

 

Tさんは勉強のできる優等生タイプで

プライドも高めの女性。

 

世の中への不満も多くて

私もよくグチを聞かされていました(^^;)

 

そんなTさんとひょんなことから

スクランブル交差点の話になったんです。

 

私、人の多い交差点を渡るの

けっこう得意なんです(笑)

 

けれどTさんはとても苦手。

 

その理由を

Tさんは少し怒ったように言いました。

 

『交差点ですれ違うとき

私は相手の動きを予測して

避けようとするのに、

相手は私の動きを予測しきれなくて

ぶつかってくるんだもん!』

 

このTさんの言い分

どう思いますか?

 

私が混雑している交差点が苦手ではないのは

全体的にぼやっと周りを眺めつつも

まっすぐに自分の行きたい方向を見て

進んでいくからなのですが

 

この方法で人にぶつかった経験は

今のところありません!

 

Tさんのようにすれ違う人たちが

気を使って

避けてくれているのかもしれませんが

 

もし本当にそうなら

 

Tさんが怒っているように

私も何人もの人にぶつかっているはずです。

 

・・・と、

”交差点でぶつからない方法”を

自慢しているわけではなく(笑)

 

交差点で人にぶつかることって

 

そのまま人間関係にも

当てはめられると思うのです。

 

相手の動き(考え)を予想しながら

日々を過ごしていくのって

とっても大変ですよね。

 

しかも

 

その”予想”が

いつも正しいとは限りません。

 

例えば彼と食事の約束をしていて

何が食べたいかを聞かれたとします。

 

そんなとき

 

(私は〇〇が食べたいけど、

彼は△△が好きだから、△△が食べたいって言おう)

 

なんて考えるけなげ女子

とっても多いですよね。

 

一見、思いやりのある”良い子”です。

 

彼も幸せに違いない!・・・?

 

けれど・・

 

もしも彼が

 

(俺は今日〇〇の気分だけど、

彼女が「△△が食べたい」って言ってるから、合わせよう・・)

 

なんて思っているとしたらどうですか?

 

ふたりとも本当は食べたいものが同じなのに

変な気を使いすぎたおかげで

 

ふたりとも

(相手のためにガマン!)

している状態になっています。

 

これってすごくもったいないし

いつのまにかお互いへの不満が

溜まっていってしまうと思いませんか?

 

(いつも私がガマンしてる!)

(いつも俺がガマンしてる!)

 

そう思い合っているなんて

ある意味お似合いかもしれないけれど・・

 

これではふたりとも不幸・・ですよね。

 

今日の記事のタイトル

「思いやり=重い槍」なんて

ダジャレになってしまいましたが

 

相手への「思いやり」が

いつのまにか自分も相手もガマンさせる

重い槍」になっていないか

少し見直すことも大切だと思うのです。

 

もちろん思いやりってとても大切です。

 

けれど

 

相手に向けるその思いやりを

同じように自分にも向けることも

とても大切なことです。

 

自分の気持ちを大切にして

相手に素直に伝えつつ

相手の気持ちも受け入れて

お互いがお互いを想い合う。

 

そんな関係を築ければ

思いやりが”重い槍”にならずに

 

きっと誰もが羨む

本当の意味での

想い合っているお似合いのふたり

になれるのではないでしょうか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です